江戸時代からの贈物
「伊豆八十八ヶ所霊場」

伊豆八十八ヶ所霊場

《 江戸時代からの三大霊場 》

四国のお遍路の発端は、空海を慕い、空海の足跡を辿る旅が、多くの信者により行われていました。高野山に行くと、奥の院墓地に多くの大名が祭られている事で、その影響力が伺えます。

そして、今の様に八十八ヶ所を参拝する仕組みは、江戸時代に確立されたとされています。江戸時代に確立されたとされる「霊場」は、

関西の本場「四国」と、中部の愛知県「知多」、そして関東の「伊豆」にあります。

江戸時代から存在する「お砂踏み」と呼ばれる、四国お遍路を模した庭園や小規模な参拝場所は、 全国各地で確認することができます。

「霊場」とは、札所と呼ばれる寺院により、ご本尊様に参拝し、納経する事で納経印を頂けます。江戸時代から存在する「霊場」は、全国に三ヵ所しかありません。

《 由緒正しい霊場 》

21番札所の龍澤寺の参道にある天保十五年(1844)の石碑には、伊豆八十八ヶ所参拝と彫られています。その他にも、明治時代の納経帳や木版など、明治時代には、伊豆で多くのお遍路さんが参拝していた事でしょう。

49番札所から50番札所に行く道中、山の頂上付近で、江戸時代の「天保六年(1835)四国遍路祈願」と刻まれた石碑を確認しています。少なくとも、その石碑の前の山道が遍路道だった事を伺わせます。

49番から50番に抜ける遍路道の探索中に見つけた四国遍路祈願碑と道祖神。

各寺院にはそれぞれの由来や伝説もありますが、古事記等を焼失した寺院も多くあり確実な事は不明です。しかしながら境内に一歩入ると、千年近い樹齢の古木や苔むした石仏像等が、確かな歴史を物語っています。

江戸時代からある由緒正しい霊場が甦ろうとしています。